
「黄色い雨」
フリオ・リャマサ-レス著 拝読。
神保町三省堂が一時閉店するとき
作家による本の紹介イベントが
どーんとありまして、そこで
皆川博子が
《孤独と死の静謐で毅然たる受容。
人々は去っていき
廃墟と化した村に、彼はとどまる。
沈黙が砂のように家々を埋め尽くす。
哀しみを描きながら感傷はない。
失われた〈時間〉を語る言葉は、
選び抜かれ美しい。》
と紹介してたので買いました。
スペインの文学って
ほとんど知識ないのですが
さすが皆川博子のレコメンド
際立った作品です。
恐ろしいまでの孤独に
肉体も心も包まれてしまった
極限状態。そこで人は何を見て
どう感じるのか。
静かだけれど激しい
小説。
こんなことでもなければ
一生知らなかったと思うので
出会えて良かった。
・・・
臨終の時には
親族や近所の人が付き添ってくれるだろうが
最後は自分ひとりで死と向き合わざるを得ない、
と何度も聞かされた。
生と死はその人自身のものだから、
それに責任を取るのは自分しかいないのだ。
命が尽きようとし、窓辺に降りしきる
黄色い雨が死の訪れを告げている
いまになって思うのだが、
もし誰かが看取ってくれたら、
嘘でもいいから
慰めの言葉をかけてくれたら、
たとえ
束の間でも私が今感じているような
底知れない孤独感は消えるだろう。
数時間前から私は夜の闇にすっぽり
包まれている。
闇はまわりの空気と事物を消し去り
静寂が家を包み込んでいる。
これこそまさに死ではないのか。
今私を取り囲んでいる静寂ほど
純粋なものがあるだろうか?
恐らくないだろう。
死が私の記憶と目を奪い取っても
何一つ変わりはしないだろう。
そうなっても
私の記憶と目は夜と肉体を越えて
過去を思いだし物を見続けるだろう。
いつか誰かがここへやって来て
私の記憶と目を死の呪縛から永遠に
解き放ってくれるまで、この
二つのものはいつまでも死に続けるだろう。
・・・
DJ KAZURU
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