小川哲　著
「地図と拳」拝読。

いやー、読み応えのある大作でした。

1909年から
1955年までの満州を中心に
日本軍にいた者、日本軍にいながら
そのやり方に反発する者、
中国の土地に生まれ
迫害された者、その迫害から抵抗する者
誰であれ伝導しようとするロシアの神父。

様々な視点で歴史は動いていきます。
我々も知っているこの
戦争において個々の人々は
このような気持ちだったかもしれないな、という
ひとつの仮定がものすごく
魅力的な小説になっています。

地図とは領土のこと
これを巡って国と国が争う。

拳というのは暴力、権力のこと。

戦争を語るにはこれ以上はない
言葉をタイトルにしたのですね。

暴力、戦争、
加えて建築とはなにかという
ことも、重要なテーマの一つになっています。

・・・

国家とはすなわち地図である。

似たような境地に至ったことが
須野にもあった。
地図はすべてを物語った。
地図を見るだけで、その街がどこから
誰に襲撃を受けてきたか予想できた。
通りの名前から
過去の王の名前を知ることができた。

川の向きと等高線を見比べれば
どれくらいの周期で
どれくらいの水害があるかがわかった。

その街の「あるべき形」と
「現実の形」を比較するだけで、街が辿ってきた
歴史の複雑さを感じることができた。

須野にとって、その街が残した
遺物や偉人などはさほど価値のないものだった。
その街の歴史を、地図ほど雄弁に語るものは
他に存在しなかった。

細川が「拳の話をしましょう」と言った。

「僕は物心ついたときから喧嘩が大嫌いです。
この場には軍人も多いのですが、あえて
言わせてもらいます。
暴力によって何かを解決しようとする人は
苦手でしたし、今でもそういう思いは持っています。
ですが、この世から拳はなくなりません。
家の中からもなくならないし
街の中からもなくなりません。
この国は長らく戦場で、今もどこかで兵士たちが
誰かと戦っているでしょう。

なぜこの国から、そして世界から
拳はなくならないのでしょうか。
答えは地図にあります。
世界地図を見ればすぐにわかることですが
世界は狭すぎるのです。
反論のある方は、地球儀に向かって
楊枝を投げてみてください。
人類が住むことのできる場所に楊枝が
刺さることはまずないでしょう。

（中略）

人類が戦争するのはこのためです。
僕たちは、ごく一部の居住可能な地を求めて
闘うのです。

戦うために必要な資源を求めて
戦うこともありますし、戦うことを避けるために
戦うこともありますが、結局のところ
人類は自分たちの無力さのせいで
戦うことを余儀なくされてしまっているのです」

・・・

もうたくさんだ、と思った。
こんな仕事はしたくなかった。
満州では、もはや本物の建築は
期待されていなかった。
誰かを殺すための施設を作ることは
建築家の仕事ではない。

ハルビンの研究所に医者が集められ
毒ガスの研究をしているという話を
きいたことがあった。
自分がやらされている仕事はそれと
同じだった。

・・・

日本は不治の病にかかってしまい
もう治療はできない。
戦争は始まっていなかったが
始まる前から終わっていたのである。

・・・

DJ KAZURU