
1983年の映画「竜二」が
あまりにも良かったので
金子正次についてかかれた
「竜二、映画に賭けた33歳の生涯」拝読。
愛媛に点在する島のひとつ
津和地の出身だった金子正次は
昭和24年生れ。
その年に亡くなった人の
遺影を背負い踊る祭りがあるという
はっきり言ってド田舎だと思いますが
ヤクザ映画に憧れるただの少年が
そこから飛び出し、東京の夜の街で
稼ぎながら這い上がってきた。
そもそも
芝居が好きというよりは
スターめいた振る舞いが好きで
ビッグになりたかったんですかね‥
「スターになりたい」願望の
青年だったようです。
金はないけど、作るとなったら夜の街を
駆け抜けて、ちゃんと
金を作ってくるような
才覚があったようです
ヤクザまがいのことかもですが。
アングラ劇団、小劇場の時代
同世代はすでに売れていた
松田優作、萩原流行
といったところで映画がまだまだ
元気だった時代。
松田優作は自分の主演作で
金子正次を使ってあげたいと
思っていたらしいですが
主演でなければ意味がないと
思っている金子正次は、無謀にも
35ミリで自分の映画を撮りたいと考える。
この映画制作にあたっては
新人の川島透が
新人の金子正次と組むお膳立てを
映画会社がしたと思い込んでいましたが
前年胃がんで全摘手術した金子正次の
一念での自主制作。
当初の監督は吉田豊で、金子が
末期がんだと知っていたのは
この吉田と
劇団時代に知り合った妻だけだったそう。
吉田は個人的な思いがこみ上げて
どう撮っていいか分からなくなったのか
撮影はなんとかしたものの
頓挫しかける。
そこでプロデュース担当だった
川島透が監督になって
とても映画になっていなような
素材をここまで仕上げたのだとか。
とすると、川島透が
名作「竜二」を作ったことになるんですかね。
吉田監督のままだったらどうなったのか。
完成までは驚くほどグダグダ。
名のある俳優は永島暎子くらい。
お蔵入りになってもおかしくない状況。
東映が参加してくれて
試写で好感触を持った人が多いのと
湯布院映画祭で好評を得て
完成してからは転がるように
評価が上がったようです。
湯布院映画祭の様子も
書かれていますが、石橋蓮司と
内田裕也が絶賛、他に評論家も
同時期公開だった工藤栄一
「逃れの町」より全然いいと言ってます。
なにかすごいものを観たという
感じだったと想像します。
彼が死んだことでますます
知名度が上がったとも言えますが
今見ても生々しい、ひとりの男の
人生が突き刺さってくるような映画です。
舎弟役の桜金造は
お笑いブームが去ったあと、この映画を
観た業界人から声がかかり
役者で稼げるようになったとか。
色々な方面に影響与えた
一作ですね。
このあと津和地の
遺影を背負って踊る祭りのことも
映画にするつもりだったらしいです。
金子正次がシナリオを書いて
腕のある監督が撮ればさぞかし
いい映画になったことでしょう。
そうそう、あの白い歯は
なんと自前で、一度も虫歯になったことのない
体質なのだとか。
大勢の歯医者の前で調べさせてくれと言われ
実際にやったとか。
こんなエピソードも含め
稀な人間だったんだなあと思います。
DJ KAZURU
2025年現在timcubaのイヴェント休業中です。
コラムは随時更新していますので
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https://youtu.be/BELIZJu0ruM
2014年の過去動画ですが
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2/10 麻布トロピで久しぶりに
ティンクーバやります。
DJ KAZURU が昔作った
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