
宮本輝が
「おはん」を取り上げていたので
手に取った「本をつんだ小舟」。
私の心にも
深く刻まれている作品です。
実母が「自分はどっちの女だろう」と
息子に語った心情もすごいが
父に
「お母ちゃんを別れた奥さんみたいに
扱わんといてくれ」
と言った宮本輝の切なさよ。
「そんな色の醍醐味みたいなこと
わしとお母ちゃんの間にはないぞ」
と、返した父の言葉。
完全に「流転の海」の松阪熊吾で
再生されました。
もうひとつ
寺山修司の
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや」
も、挙げられていまして
この誰でも知ってる歌が
朝鮮人の廃品回収で生計を立てている
親子との出会いとともに
小説のような出来事が書かれていました。
(これは〈一本のマッチをすれば湖は霧〉
という富沢赤黄男の句からインスパイアされた
らしいですが、それを知ると寺山修司の
すごさが更に分かると思うのです)
少年の兄が書き留めたという
寺山修司の歌。
「この日本という国の構造では
俺ら朝鮮人は金持ちになるしかないんや」
という少年の見せてくれた本
そこに書きつけられた寺山修司。
昭和37年、日本人から
罵声を浴びせられてダンボールを
拾い集める少年の見せてくれた
寺山修司。
その後どんどん分析という方法で
語られるようになった寺山修司だけれど
宮本輝はそういう感じ方に背を向けます。
過去の少年との出会いの前に
定型だ、非定型だ、などということが
霞んだのは当然でしょう。
文学とは身につまされて味わってこそ
本当に読んだと言えるのかも知れません。
そういう文学に
誰もが出会えるとは限らないけれど。
・・・
私はその頃から〈論じる〉ということが
大嫌いだったのだ。
論じるためのロジックが、どれほど
本質から離れる歪みを生み出すかを
私は知っている。〈論じる〉ために
私たちはどんなに自分を裏切ることかと思う。
感じてもいないのに感じたふりをし
言葉の組み立てだけで、自分を酔わせて
無駄口をたたき、ついには魂を売ってしまう。
(中略)
「田園に死す」には、次の一首も
収められているが、寺山修司が若くして
死んだことをおもうたびに、この一首は
ふいに冷たく立ち上がってくる。
生命線 ひそかに変えむために
わが抽出しにある 一本の釘
・・・
DJ KAZURU
2025年現在timcubaのイヴェント休業中です。
コラムは随時更新していますので
各メニューを選択してくださいませ。
https://youtu.be/BELIZJu0ruM
2014年の過去動画ですが
六本木で思いきりダンスと音楽を味..
2/10 麻布トロピで久しぶりに
ティンクーバやります。
DJ KAZURU が昔作った
キレッキレのリミックス中心。
翌日が祝日なので
ゆっくりお楽しみいただければ幸いです
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