
太宰治の愛人の子として知られる
太田治子17歳の手記。
瀬戸内晴美に軽井沢へ呼び出され
手記を書くように言われた太田治子。
売れっ子作家に背中を押された少女は
母と太宰治のなれそめから「手記」を
書き始める。
この冒頭がすでに吸引力抜群で
先を読まずにはいられないのです。
嫁ぎ先で子を病で亡くした
失意の母は
「夫を愛していなかったから
子が死んだのだ」
と思い込み、その時期に読んだ
太宰治の「虚構の彷徨」に書いてある
「僕はこの手もて、園を水に沈めた」に
運命的なものを感じ手紙を出す(これは
太宰の子が死んだわけではなく、心中事件で
自分だけが生き残ったことを書いた文)。
遊びに来るように、と書かれた
返事の手紙を胸に抱き
嬉しさのあまり近くの草原を歩き回った母。
なんて、美しい恋の始まりの描写でしょう。
つまり、太田治子の母は
自分と愛し合った「太宰ちゃま」のことを
詳しく娘に伝えていたわけですね。
尊敬する作家と自分は心が通った、そして
子が授かった。その後の
苦労も世間の噂もものともしない
強靭な恋心。
それに食いついたのが瀬戸内晴美、さすが
目の付け所が鋭い。
17歳の娘は、生まれてすぐに
太宰を母ではない女との心中で
亡くしているのですから、書かれていることは
すべて母から聞く「太宰ちゃま」の人間像と
太宰治の小説からイメージされた
父親像です。
直接的ではない思い出なのに
太宰治という人間が立ち上がってくるようで
びっくりしました。
素直な文章で、こんなに飾りなく
自分の心を、しかも冷静に書けるとは
恐るべき才能です。
どういう経緯で瀬戸内晴美の目にとまったのかは
分かりませんが、すでに新潮社の
編集者が手配されていたほどには
文才が突出していたと思われます。
物心ついたばかりの幼少期
働き詰めの母を心配する思春期
斜陽の子と揶揄されたこと
心無いマスコミの報道
異母姉との悲しい対面
そして初恋、と
少女が振り返る出来事は
瑞々しさにあふれていて、なんとも愛しい。
はたから見れば、「斜陽」を書くのに
欠かせなかった女性ですから
母いわく「藤十郎の恋」という側面も
当然あったでしょう。
しかし、たとえ「藤十郎の恋」であっても
今なお読みつがれる名作に昇華した
恋であることも間違いない。
治子の母は、自分も創作をする
文学大好きの人ですから、そのことを
誇りに思い、太宰治と自分のことを
娘にもしっかり伝えていたんですね。
胸を張れる恋だった。
そして太宰治から
「治子」という名をもらった。
その核心はこの親子を強くしたことでしょう。
・・・
母はいつもの癖で
大きな目を動かしながら、次のようなことを
言い出した。
「私は週刊誌になんと書かれても
よそさまからどういわれようとも
ちっとも気にしない。
『斜陽』の和子の最後の手紙の中に
“マリヤが、たとい夫の子でない子を生んでも
マリヤに輝く誇りがあったら、それは
聖母子になるのでございます”って
書かれてあるでしょう。私は
この言葉を信じているの。だから私は
平気なのよ、あなたも、そうならなくちゃ
うそよ
(中略)
これだけは信じて頂戴。
太宰ちゃまと私のしたことは
清潔だったということ」
・・・
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