
宇野千代の文庫版
「人形師天狗屋久吉」。
何度読んでも素晴らしい。
宇野千代は恋の作家という印象を
多くの人が持っているだろうけど
地方の片隅で、ひたすら
人形を作っている男の横顔を
淡々と書いて、なにか大きな
置き土産を残せるのが宇野千代ですよ。
もちろん男女のことを書いた小説は
恋のかなしさがしみじみと伝わってくるようで
大好きです。
若くはない男女の愛憎は、若い時のそれより
ずっと深く、言い表せないものがあるように
感じるのだけど、そこを言葉で
ゆっくりと染み入るように伝えてくれる
独特の文章。
「刺す」は未読の掌編。
宇野千代節が全開で胸に迫りました。
夫の愛人について
なにもかもわかっているのに
知らないふりをする事で
自分を守る描写。
「私を抱かなくなっても、ときどき
こんなに並んで寝て」
こういう台詞に宇野千代の
心がぐっと込められている気がする。
私は自分の嫉妬心をよびさます
あらゆるものから逃れていたいのであった。
人には信じられないことかも知れないが、それが
私と言う嫉妬深い女の考え出した、ただ
ひとつの狡智な工夫であり
臆病な保身術でもあった。
知らないこと、見ないこと、聞かないこと
それは私にとって事実でないことと
同じだった、と言うのだろうか。
はっきりと事実を自分が見ない間は、それは
何かの間違いで、人に
そう見えただけなのかも知れない、と
思いたかったのだろうか。
ほんのちょっと手をふれれば
良人の情事がはっきりと分かるような
場面に出会わすたびに、私はすっと
そのことから身をかわすのであった。
ほかに「別れも愉し」「未練」収録。
好きな男と宿泊するとき、その男が
宿の記帳ノートをぱらぱらめくったら
ほんの数日前他の男と泊まった証、男文字で
書かれた自分の名が出てきた、という
非常にヒヤヒヤ感ある場面が
「この白粉入れ」にあったと思うんだけど
「未練」にも同様の記述があります。
本当にこういうことがあったとしか
思えないスリリングな一瞬、これを
小説に昇華するのが宇野千代!
宮尾登美子が「未練」の解説(名文)で
「これを最初読んだとき、呆然として
電車を乗り過ごしてしまいました」
と書いているのも納得。

加代子は敗けだった。
愛情のない男女の間には、ただ
勝ちと敗けだけがあった。加代子は
この敗けの意識が未練なのだと知っていた。
DJ KAZURU
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